村松研究室の皆様
Fixstars Amplify Annealing Engine
慶應義塾大学 理工学部 機械工学科
村松眞由 准教授 (左から3番目)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 研究員 (論文執筆時は、慶應義塾大学理工学部博士課程に在籍)
遠藤克浩様(右から2番目)
村松先生我々の研究室は、固体力学を基礎として、金属、高分子、セラミックの複雑な現象の解明に取り組んでいます。また、新たなCAE(Computer Aided Engineering)技術の発展・開発や計算と実験との融合にも取り組んでいます。
先日、Fixstars Amplifyの松田さんにもご協力いただいてリリースした論文*1は、高分子の平衡状態のシミュレーションにFixstars Amplifyを活用したものになります。
既存のシミュレーション手法であるphase-field法を、離散化してQUBO形式で定式化して、Fixstars Amplify AEで解いたところ、従来の手法で得るシミュレーション結果と同様の傾向の結果をより高速に(従来手法で100分かかっていたものがAmplify AEでは10秒程度)求めることができました。本研究で用いた手法は、物理現象のシミュレーションを高速に行う新たな解析手法であると思っており、金属の材料研究をはじめ幅広い領域で活用できる可能性があるものだと思っています。
村松先生 我々の研究分野は、複雑で大規模な計算を大量に行うことが特徴だと思っています。大規模な計算を高速に行いたいという課題はずっと抱えていて、現在はスパコンやGPUを用いた並列化計算が主流になっています。
そんな中、数値シミュレーションの第一人者である矢川先生の講演会で「これからの数値シミュレーション研究では、量子コンピュータのような次世代技術の有効活用が重要である」と訴えられているのを聞きました。また、私の指導教員である志澤先生も、量子コンピュータに強い興味を持っておられました。
シニアの先生方の言葉に影響されて、私も量子コンピュータに関する本を読んで勉強しているうちに、材料分野にも応用できるのではないか?と思うようになりました。
そして、当時、博士課程の学生として研究室に在籍していた遠藤様に、「アニーリングを活用した物理現象のシミュレーション」というアイデアを話したところ、すぐにGPUマシンを使って試作して計算結果を見せてくれました。その結果が大変興味深いもので、本格的に研究に取り組んでみることになりました。
村松先生 実際の研究では、量子アニーリング・イジングマシンの実機を使いたいと思っていたので、同じ慶應義塾大学で量子アニーリング・イジングマシンを研究されている田中先生*2に相談しました。その際に、量子コンピュータ関連の企業や利用可能なマシンなどの紹介を受けたのですが、その中にFixstars Amplifyが含まれていました。
遠藤様 私は、過去にIPAの未踏ターゲット事業*3での活動経験があるのですが、その中でもFixstars Amplifyが活用されていたので、Fixstars Amplifyのことを知っていました。
村松先生理由は大きく3つあります。
遠藤様 プログラムの実装は主に私が担当したのですが、量子アニーリングについての基本的な知識と、多少のプログラミング経験さえあれば、使いこなすのは難しくないと感じました。特に、多項式から自動的にQUBOに変換してくれる機能が大変便利で使いやすかったです。
村松先生 遠藤様は、もともとプログラミングスキルは大変高くて、発想力も実装力もあるので、難なく使いこなせるようになったという印象でした。最近Amplifyを活用した研究を開始した学生2名も、Pythonの基礎知識がある程度ではあったのですが、上級生のトレーニングを受けながら大きな問題なく使いこなせるようになりました。Amplifyのウェブサイトにあるチュートリアルやドキュメントは十分に整備されていて、大変参考になっています。
村松先生 phase-fieldモデルをQUBO形式で定式化することに苦労しました。ただ、1回の計算にかかる時間は10秒程度と大幅に高速化されたため、「実装・検証のサイクル」を早く回すことができるようになり、また、様々なケースを一気にまとめて解析できるようになり、大変大きな成果を得ることができたと感じています。
遠藤様 先生が仰るように、phase-field法のモデルを離散化しQUBO形式で記述することに苦心しました。そもそも私の知る限り「アニーリングを活用した物理現象のシミュレーション」は前例がなく、全く期待していないところから始まったアイデアだったのですが、実際にシミュレーションして想像するような結果を得ることができたときは嬉しかったです。これができるのであれば、「他の物理シミュレーション全般で使えるのでは?」「エネルギーをQUBO形式で書けば、何でもシミュレーションできるのでは?」と大きな可能性を感じています。
村松先生我々の研究室では、今回のphase-fieldモデルのシミュレーションの研究だけでなく、「トラス構造の力学解析」においてもFixstars Amplifyを活用しています。その研究では、より大きな問題をより高速に解きたいと思い、現在は有償プランを利用しています。こちらも面白い結果が出始めているので、今後が楽しみです。
また、最近、流体解析の関係でドイツのアーヘン工科大学のグループと慶應の博士の学生とで共同研究を始めました。私の専門は材料や固体で流体は専門ではないのですが、今回のイジングマシンを使ったシミュレーションで得た知見などを活かして、流体の分野でも新たな解析手法が開発できないかと思って取り組んでいます。
イジングマシンを使いこなすには、実数の表現方法なども含めて「QUBO設計に関するノウハウ不足」という課題があると思っています。私たちの研究室では、今後も様々な分野でのイジングマシン活用した研究を進め、論文発表などを通して、「この領域ではこんなふうにQUBO設計するとイジングマシンを活用できて、こんな効果が得られる」ということを世の中へ伝えるような研究活動を続けていきたいと思っています。
村松先生 材料のシミュレーションの世界では、最終的な平衡状態だけではなく、平衡状態に至る過程(非平衡状態)も大きな関心事なので、そのあたりもイジングマシンの計算過程(目的関数の減少の推移)などと結びつけることで表現できないかと思っており、Fixstars Amplifyの方々ともディスカッションさせていただいています。
そして、これはFixstars Amplifyのサービスと言いますか、アニーリング全体に関することなのですが、「決定論的な数値シミュレーションに確率論的なアニーリングを導入する際、確率的な結果をどのように取り扱うか」について、今後知見を確立していく必要があると考えています。
村松先生 私は普段いろいろな研究者の方とお話しするのですが、一般的なシミュレーションに出てくる時間発展や境界条件などの概念がなく、エネルギーの基底状態を探すというイジングマシンの計算原理をお伝えすると、興味を持ってくれる研究者が非常に多いと感じています。
今回の研究を通して、「QUBOをどのように設計するか」という発想力があれば、物理現象のシミュレーションを含めて、様々な用途でイジングマシンを活用できる可能性があると感じました。様々な分野でイジングマシンを使った研究成果が蓄積されればと思っています。
*本記事の掲載内容は全て取材時(2022年11月)の情報に基づいています
イジングマシンを使って物理現象をシミュレーションするという新たな活用方法を開発して、着実に結果を出される村松先生はじめ、研究室の皆さま方の姿に大変刺激を受けました。また、インタビューの中で先生が仰っていたように、今回発表された解析手法は、金属の材料研究をはじめ、幅広い領域で活用できる可能性があるものだと思っています。今後もFixstars Amplifyが研究のお役に立てるよう、チーム一丸となって尽力させていただきたいと思います。
聞き手: 轟 貴久 (株式会社Fixstars Amplify パートナーサクセス部シニアディレクター)