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早稲田大学 基幹理工学部 情報通信学科
戸川研究室

情報工学領域で進む
量子コンピュータ・イジングマシンの活用

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戸川研究室の皆さん

ご利用製品

Fixstars Amplify Annealing Engine

お話を伺った方

早稲田大学 基幹理工学部 情報通信学科 教授
戸川 望 先生 (後列左から3番目)

聞き手
株式会社Fixstars Amplify 代表取締役社長 CEO
平岡 卓爾
関連リンク
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背景

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    集積回路設計の研究者として、大規模演算が必要な組合せ最適化問題*1を長年の研究対象としていた
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    量子コンピュータ活用の一分野であるイジングマシン*2の用途を発掘する応用研究の必要性に着目

導入の効果

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    特定マシンに依存しないアプリケーション開発環境の構築
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    量子コンピュータ技術の効率的な活用により、幅広い業界との共同研究を実施
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    量子物理学の知見が無い学生でも、すぐに研究活動に取り組める教育環境を整備できた
1. 戸川研究室が取り組んでいる研究領域について

私が専門としている研究分野は、集積回路設計(ICチップの設計技術)、ハードウェアセキュリティ、量子計算の応用です。情報系・電機系の領域、と考えて頂いて構いません。 我々の研究室では、情報理工学・情報通信学をベースとして、ウェアラブルデバイス、AR(拡張現実)、地理・位置情報、機械学習・深層学習、情報セキュリティ、IoT、環境発電、量子コンピュータをキーワードとして、ハードウェアとソフトウェアとサービスが融合した、「アプリケーション・システム設計」に関する研究をしています。 特に、「産官学の共同研究」に積極的に取り組んでいることが特徴的だと思います。

量子コンピュータ活用技術の研究成果の一例
学会発表(応用物理学会):量子アニーリングによるフォトニック結晶レーザーの構造最適化(2022/9)*3
Image 戸川先生(早稲田大学 基幹理工学部 情報通信学科 教授)
2. 量子コンピュータの応用技術研究に取り組むことになったきっかけ

私の研究活動は「集積回路設計」分野から始めました。 現在ではトレンドになっている「大規模な組合せ最適化演算」は、集積回路設計分野で発展を遂げました。高性能な集積回路を作るために、素子・ゲートの最適配置、グラフを用いた組合せ最適化、アルゴリズム開発などの、最適化演算の必要性が1990年代以降から絶えず存在していたのです。

集積回路設計の研究分野はいくつかのレイヤーに分かれます。

  1. 半導体デバイスの設計
  2. 半導体デバイスを用いたシステム設計
  3. 半導体設計の自動化支援(EDA)

私はこのレイヤーのうち、「半導体デバイスを用いたシステム設計(特にFPGAの領域)」と「半導体設計の自動化支援(EDA)」の2領域での研究に取り組んできました。

私が量子コンピュータ分野に取り組むきっかけとなったのは、国内大手電機メーカー各社との半導体に関する共同研究でした。 当時の国内大手電機メーカーは、組合せ最適化問題の高速演算のブレークスルーとして、量子アニーリング技術にいち早く着目し、イジングマシンの開発競争が一斉に始まったのです。 共同研究の中で私はイジングマシン応用探索と実装技術に対する研究開発に着手することになったのです。

イジングマシン開発に取り組んでいる国内大手電機メーカーはもともと、国産パソコンの研究開発・製造・販売をしていた会社でした。 社内にはハードウェア開発を得意とする技術者が多く、量子コンピュータという新技術・新分野に活路を見出した方が多かったのでしょう。 「技術力の日本」と言われるような、世界を凌駕する国産製品・国産事業を再び生み出したいという、国内大手電機メーカー各社の強い思いを感じます。

3. 量子コンピューティングクラウドサービス「Fixstars Amplify」との出会い

量子コンピュータは、量子を計算素子として操作する物理的な方法を利用するため、量子コンピュータの研究者には物理学の専門家が多いという傾向があります。私のような情報系・電機系の研究者は少ないのですが、私は当初から量子コンピュータの用途探索やアプリケーション開発に対して関心を持っていました。

物理学のバックグラウンドを持っていないと、量子計算理論の理解が難しく、量子コンピュータの活用のハードルが非常に高いのですが、量子コンピューティングクラウドサービス「Fixstars Amplify」を用いると、一般的な情報系技術者でも容易にアプリケーション開発が可能なので、私の研究活動では大いに活用しています。

Fixstars Amplifyのような便利なツール、開発環境があるため、これからの量子コンピュータ活用技術は異分野との融合が進んでいくと思います。 例えば、「異分野の研究者同士がタッグを組み、量子コンピュータ活用技術の共同研究に取り組む」ということは既に始まっており、研究成果の影響力が拡大しています。

4. Fixstars Amplifyを活用した、量子コンピュータ活用技術の共同研究

私はFixstars Amplifyを活用して、民間企業・他大学・研究所との様々な共同研究を行ってきました。代表的なものをいくつかご紹介します。

1. NEDO 研究プロジェクト:次世代コンピューティング技術の開発/イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発*4

2018年より始まった、フィックスターズ社を始めとする多くの民間企業・大学・研究所が参画する国家プロジェクトです。この共同研究では、早稲田大学が代表事業者、私が研究開発責任者となって取り組みました。

自動車・物流・金融・創薬・工場の生産管理など、様々な業界に内在している「組合せ最適化問題」を高速演算し、社会課題を解決することが最終目標でした。しかし現状では、イジングマシン活用の難易度の高さが大きな障壁となっていたため、この難易度を引き下げるために、まずは「イジングマシン共通ソフトウェア基盤」を研究することになりました。そこで、国内・国外の各社が開発したイジングマシンを繋ぐ共通ソフトウェア基盤として、Fixstars Amplifyが活用されています。

出典元:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
https://nedo-quantum.aist.go.jp/theme/common-software.html decoration
2. SIP(光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術) 研究プロジェクト:次世代アクセラレータを融合するコデザイン基盤に関する研究開発 *5

私が研究責任者となり、フィックスターズ社と共同研究を行いました。「Society 5.0(現実空間と仮想空間を高度に融合させるシステム・社会)の実現」を目指し、あらゆる業界の課題解決のために、次世代アクセラレータによる社会実装を最終目標として、次世代アクセラレータ基盤を研究開発するという取り組みです。現在、様々な次世代アクセラレータが提案されています。それらの特性に合わせて最適な計算リソースを振り分けて情報処理を行うシステムアーキテクチャの構築を行いました。

IoTやDXの進展によって膨れ上がったデータ量や複雑化した計算処理過程に対し、従来型コンピュータでは対応しきれなくなるため、計算処理の高速化・高精度化をさせる「次世代アクセラレータ(量子アニーリング・イジングマシン・NISQデバイス・誤り耐性量子コンピュータ)」の研究開発が昨今進んできました。しかし、次世代アクセラレータは全ての問題に対して万能というわけではなく、問題の規模や特性によって向き・不向きが大きいという特徴があります。実は次世代アクセラレータよりも、従来型コンピュータの方が適切という場面もあるのです。つまり、場面ごとに計算リソースを使い分けることが重要なのです。そのため、本研究では次世代アクセラレータと従来型アクセラレータのハイブリッド利用も含めた「コデザイン(最適な計算リソースの配分の仕組み)」の考え方を導入しました。

さらに、SIPの研究成果は物流倉庫で活用され、2022年10月より、人員最適配置自動作成システム*6として実稼働しました。後述のトラックの配送ルート最適化だけでなく、この倉庫内の人員配置最適化も、物流業界の課題解決に貢献できる重要な手段だと考えられており、社会的意義が大きくニーズの強いテーマです。

出典元:量子科学技術研究開発機構
https://www.qst.go.jp/site/sip/35680.html decoration
3. 住友電気工業様 共同研究:物流事業を支えるトラックの配送ルートの最適化 *7

2025年を目標に、配送計画立案の効率化・最適化システムの実用化を目指して研究を進めています。

トラックの配送ルートの計算は、従来型コンピュータでは非常に難易度が高く、また問題規模が大きくなるほど長い計算時間も要しますが、Fixstars Amplifyを用いると短時間で容易に算出できる可能性があると期待されています。 物流業界はインターネットサービスや通販事業の拡大を受けて成長し続けていますが、同時に人材不足や過重労働の課題も長年抱えています。この課題解決のため、トラックの配送ルートの最適化は今、大きな注目を集めているのです。

5. Fixstars Amplify活用の現場の声

私の研究室では、学部生や大学院生がFixstars Amplifyを使用しています。

多くの学生は必修科目の中でプログラミングを身に付けた程度で、事前に量子力学や量子コンピュータの勉強をしたというわけではありません。組合せ最適化問題は研究室への配属後に初めて勉強する学生が多いです。博士課程の先輩からFixstars Amplifyの操作方法を教えてもらったり、Fixstars Amplifyのサイトで紹介されているデモやドキュメント*8を参照しながら一人で操作してみたりと、少しずつ使い方を身に付けていきます。

研究テーマが佳境の時期にはFixstars Amplifyを1日中稼働させていましたが、どのプランであっても従量課金制ではないため、費用や時間制限・容量制限などを気にすること無く、安心して使用できました。

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アニーリングマシンを使用する場合、一般的には以下の工程が必要です。

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それぞれの工程で、情報科学と物理学の高度な専門知識が必要です。しかし、Fixstars Amplifyを使うと、多くの部分をFixstars Amplifyが自動的に処理してくれるため、必要とされる専門知識や作業量は大幅に減ります。 例えば、研究では問題の定式化とマシンの実行の作業を何度も繰り返すような試行錯誤が多く発生します。その際にFixstars Amplifyを用いると、高度な定式化を効率的に行うことができ、またマシンの性能を引き出すためのパラメータ設定も容易です。このように研究の効率化が実現できる点は、研究者としては非常にありがたいです。

さらに、Fixstars Amplify AEの場合、解けるQUBOの問題サイズが大きく、求解の速度や精度も良いため、最も実用的だと感じています。また、AEでは重解の表示や求解における最良解の更新履歴の取得など、研究に役立つ情報を取り出すインターフェイスが充実している点も魅力的です。

研究ではマシンの性能比較などを行うことも多いのですが、Fixstars Amplifyは複数のマシンに対応しており、同じ組合せ最適化のプログラムを活用しながら、接続するマシンだけを切り替えることが可能ですので、大変助かっています。

このように、Fixstars Amplifyを利用する場合、基本的な操作の難易度は低く、求められるプログラミングスキルもさほど高くないため、短期間ですぐに使いこなせるようになります。
長期間の研究開発プロジェクトだけでなく、学生向けの授業や卒業論文など、基礎的な学習の現場にも取り入れやすいところがFixstars Amplifyの魅力だと思います。Fixstars Amplifyを用いた、分野を超えた研究や検討は今後より一層進んでいくと思います。

私はこれからも研究や教育の場でFixstars Amplifyを用い、あらゆる業界における量子コンピュータ技術活用のアプリケーション開発の可能性を広げ、実社会の課題解決に貢献していきたいと思っています。

6. Fixstars Amplifyの今後の展望

NEDOの研究プロジェクト「イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発」*4における成果を通して、Fixstars Amplifyは国内における量子コンピュータ技術活用の業界標準(デファクトスタンダード)として評価される、ミドルウェアへと成長しました。多くの国産イジングマシン、海外の代表的な量子コンピュータや数理最適化ソルバーは、Fixstars Amplifyを介して容易に使用することができるようになり、現在は様々な用途で活用されています。

今後イジングマシンや量子コンピュータを開発するベンダーは、Fixstars Amplify向けドライバーを整えることが当たり前になるのではないのでしょうか。 現在は自社マシン専用のSDKを提供しているベンダーが多いのですが、様々な業界の幅広いユーザー層を取り込んで量子コンピュータの発展を加速させるためには、世界中の量子コンピュータ全体を繋いで統合するミドルウェアが必要だという流れになるはずです。そして、その要となる役割をFixstars Amplifyが果たしていくのではないかと思います。

補足

*1 組合せ最適化問題
組合せ最適化問題は、製造、物流、金融など様々な業界で計算ニーズの高い問題です。考えられる組合せのパターンの中から、目的に対して最適な組合せを探します。例えば、物流の輸送計画や製造計画などの最適なパターンを計算できれば、事業活動の効率化や投資対効果の予測に役立ちます。 一方で、考慮すべき変数や条件が増えるほど組合せパターンが急増するという特徴があります。トラック物流における車載数や配送先の数といった変数、積載可能量やドライバーの勤務可否といった制約条件が増えていくと、最適なパターンを見つける計算が難しくなります。
例:巡回セールスマン問題、生産計画最適化、勤務シフト最適化、経路最適化 など

*2 イジングマシン
イジングマシンは、組合せ最適化問題を近似的に解くことに特化したコンピュータであり、別名 アニーリングマシンとも呼ばれています。 多くの組合せ最適化問題は、磁性体の数理模型である、イジング模型(イジングモデル)の基底状態探索問題に変換可能です。イジングマシンは、この探索問題の近似解を求めるコンピュータです。 そして、イジングマシンは2種類に分かれます。古典アニーリングマシン(古典コンピュータや半導体CMOS集積回路を活用)、量子アニーリングマシン(量子アニーリングの原理を利用)です。

*3 学会発表(応用物理学会):量子アニーリングによるフォトニック結晶レーザーの構造最適化
https://www.waseda.jp/top/news/83121 decoration
発表学会:第83回応用物理学会秋季学術講演会 講演番号:21a-A101-11 発表日:2022/9/22
著者:井上卓也、関優也、田中宗、戸川望、石﨑賢司、野田進
将来のスマート加工用レーザー光源としての普及が期待される「フォトニック結晶レーザー」の構造最適化問題に、量子アニーリングを適用し、従来設計とは異なる、非自明な空間分布を有するデバイス構造を得た。得られた構造は従来設計と比較して、全ての性能が向上していることが計算により確認された。

*4 NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構):研究プロジェクト
高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発>研究開発項目2:次世代コンピューティング技術の開発
https://www.nedo.go.jp/koubo/IT3_100063.html decoration

*5 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP):研究プロジェクト
第2期課題「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」>光電子情報処理>1.次世代アクセラレータ基盤に係る研究開発>採択課題:次世代アクセラレータを融合するコデザイン基盤に関する研究開発
https://www.qst.go.jp/site/sip/35680.html decoration

*6 住友商事グループ:ベルメゾンロジスコ様の物流倉庫にて人員最適配置自動作成システムを実稼働(SIP研究成果の応用)
住友商事株式会社 物流インフラ事業本部様インタビュー:現場で愛されて育つ、量子コンピュータ技術活用~物流センターにおける従業員最適配置システムの稼働~
フィックスターズ導入事例(ベルメゾンロジスコ様):https://www.fixstars.com/ja/services/cases/amplify-bellemaison decoration

*7 住友電気工業様プレスリリース:物流事業のトラックの配送ルートの最適化
https://sumitomoelectric.com/jp/sites/japan/files/2022-09/download_documents/prs110_0.pdf decoration

*8 Fixstars Amplifyのデモ&チュートリアル、ドキュメント
デモ&チュートリアル
ドキュメント

*本記事の掲載内容は全て取材時(2023年4月)の情報に基づいています

インタビューを終えて
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戸川先生は情報工学の立場から量子コンピュータ・イジングマシンの活用を研究されています。記事でご紹介できないトピックも含め、多くの産学連携プロジェクトを通して「生きた」課題が戸川先生のもとに集まってきていることを伺いました。それだけに課題解決のハードルは高いですが、それをクリアすることが、次世代技術が真に役に立つかどうかの試金石なのだと感じました。 インタビューからお分かりのように、戸川研究室はFixstars Amplifyのヘビーユーザーです。多岐にわたる研究活動を支援できるよう、弊社も引き続きサービスの拡充に努めてまいります。

聞き手: 平岡 卓爾(株式会社Fixstars Amplify 代表取締役社長 CEO)

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